「そんな声で、卒業式でうたえるはずないじゃないの。」
卒業式を一か月後に控えて、私は、あせっていた。卒業式で、『ビリーブ』を歌うことになって、三学期に入ってから、毎日練習していた。四時間目の音楽の時間である。
「一人ずつ歌ってごらん。もうそれで限界なの。」
私は、一人ずつ歌わせていた。勝男の順番にきた時、
「何で、こんなことやるんだよ。」
持っていた教科書を床に投げっけ、大声でどなり、泣きながら私をにらんだ。
「じゃ、いいよ。みんなにやる気がないなら、もうやめよう。卒業式の歌なんて歌わなければいい。」
私も感情を抑えきれず、怒鳴っていた。子どもたちの沈黙・・・。四時間目を早く打ち切り、給食にすることにした。その日は、食堂での給食だった。私は、子どもたちを食堂に向かわせ、一人で教室に残っていた。自分の感情を静めたいと思っていたからだ。すると、弘と光がやってきた。少し、落ちついた私は、
「ごめんね。みんなにいやな思いをさせてしまったね。卒業近いのに、先生だめだね。」
と言うと、
「先生が悪いんじゃないんだ。俺たちが声、本気で出してねんだ。何で、みんな声出さねんだ。俺いっぱい出してるのに。」
いつも陽気で、クラスの笑いの中心の弘が、下を向いて言った。悔しさがこみ上げているようだった。
「先生、次の時間さ、みんなで話すっべ。なんで声出さんねのが。聞いでみっべ。」
私たちが教室で話していると、給食の用意ができたことを教えにきてくれた。さっき切れた勝男は、もうさっきの出来事は、なかったかのように、友達と笑いながら給食を食べていた。
給食が済んで、子どもたちが教室に戻ってきた。机を取り払って、車座になり、話し合うことになった。
口火を切ったのは、弘だった。
「おれたちさ、一生懸命歌ってるのに女子はどうして声出さねんだ。」
「そうだ。女子はさ、あいさつしても、いつも答えねえよな。」
男子の間から、女子への不満が出された。
男子十八名、女子九名のクラス。一年生の時からやんちゃな男子と静かな女子で通ってきた。自分の思いを表現することがことのほか苦手な子どもたちだった。
不意に、道代が、語り出した。
「私、ずっと男子が怖かった。何か話すと、みんなに言われる気がしていやだった。私が何か言うとへんな顔をしてる気がしてた。」
すると、亜紀が小さな声で、
「男子は、かずちゃんのことをいつも厭がって避けてたでしょ。かわいそうだった。でも、私がかずちゃんをかばったら、私もされる気がしてこわかった。」
それをじっと聞いていたかず子は、突然、泣きながら、
「みんな、どうして私をさけるの。わたしの机にさわらないようにしたり、私のことをとばそうとしたり、そんなことたくさんあった。先生がいないところで、私はたくさんされていた。それが、悲しかった。」
かず子は、家庭的に恵まれず、衣服の沈濯も十分行きとどかない状況だった。
また、言われたことには一言二言答えるものの、自分から話すことはほとんどないかず子が自分からしゃべったのだ。
私をはじめ子どもたちは驚いて、かず子の話を聞いた。
しゃくりあげながら、必死で話すかず子。彼女のこんな姿を見たのは、はじめてだったろう。かず子は、いままで男子にされてきたいじめについて泣きながら話した。どんな思いで、それを我慢してきたか話した。
聞いていて私は、いったい何をしてきたのだろうと思った。夏休みの「友情合宿」もした。体育祭では、どの子も満足する成績もとった。学習発表会でもみんなで協カして難しい劇にも挑んだ。少しずつみんな団結していくのを感じてきていたのに、こんなに悲しい思いをしていた子がいたなんて。情けなさとかず子への申しわけなさで、私は言葉も出なかった。どの子も真剣にかず子の顔を見ながら聞いていた。泣いている子もたくさんいた。
かず子の話がひとしきり終わると、次々に子どもたちが語り出した。
「俺だって、三年生の時、デブって一言われてから、何かにつけて言われてた。気にしないように振る舞っていたけど、本当は、すごくいやだった。」
「○○ちゃんは、僕のこと、悪口言ってたよね。頭にきてたんだ。」
低学年時代の話から今までのことが、一人一人の口から本音で語られた。そんな中、政美は、
「私は、五年生の時お父さんとお母さんが離婚することになって、ほんとに悲しかった。だから、なんだかいつもむしゃくしゃして、○○ちゃんにひどいことを言ってしまった。ごめんね。」
「私も、まさちゃんの気持ちわかるよ。だって、私もそうだったもの。私も同じ思いしていたもの。」
学校の中での子どもたちの言動から家での出来事、自分の中にたまっていたいやなわだかまりを堰を切ったように話す子どもたち。私はただただ、聞いてやることしかできなかった。
気がついて時計を見ると、もう四時近くになろうとしていた。一時から延々三時間近くこの子たちに人の話に聞き入るこんな力があったとは思いもよらなかった。それだけ一人一人の話す言葉の重さを感じていたのだろう。もう、これで終わろうとしたとき、祐介が、
「俺たちが、悪かったんだなあ。かずちゃん、ごめんね。俺もかずちゃんのことさわらないようにしたことあった。ごめんね。男子みんな、立て。みんなであやまっべ。早く立て。」
と言うのだ。男子全員が立って、かず子にみんなで頭を下げた。さらに、祐介が、
「みんなで握手しよう。」
という。みんな少しとまどっていたけれども従った。全員握手しだした。どうして握手なのか、祐介は、その時、かず子の手を握ることがしっかりできなければ、かず子に謝罪したことにはならないと考えたのではないかと私は思った。照れくさくてとまどってる子に対して、祐介は、しっかり握れと声をかけていた。
こうして全員と握手したことは、たぶんかず子にとって初めての経験だったことだろう。その後、みんなで『ビリーブ』をもう一度歌おうという提案があり、みんなで歌って帰った。もう、薄暗くなっていた。
二月十四日。卒業一ケ月前の出来事。
私には、忘れられない思い出になった。『ビリーブ』の歌とともに・・・。
卒業式。
別れの言葉の中で、かず子は泣きながら、堂々とスピーチした。
「私は、いままで人の前で話すことがとても苦手でした。(中略) 今、広報委員長としてみんなの前で話すことができ、成長できました。」と。
一ヶ月でも、みんなと思いを通わせて巣立つことができたことを喜びつつも、一ヶ月しか本当の思いを分かち合えず小学校生活を終えるかず子へ本当に申しわけない思いでいっぱいだった。
(「カマラード」41号より転載)
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5月中旬の仙台市内のM児童館。あいにくの雨模様のため室内遊び。そんな中で2・3年生の3名の女の子たちが、連想言葉遊びを始めた。そばにいた指導員がそれを逐一メモをとっていた。次の通りである。
スタートは5月。以下次のように続いた。こいのぼり~さかな~およぐ~かえる~はねる~うさぎ~しろい~とうふ~略~
そして遊びの最終盤を再現する。
~略~やじろべい~立つ~にんげん~あるく~ひと~(?)
何とこの(?)の中を聞いて、私は感動した。
走り書きのメモには『じゆう』と書かれていたのである。
私はとっさに谷川俊太郎の詩『歩くうた』が頭に浮かんだ。その詩は「ひとには歩く自由がある」で結ばれている。子どもたちはこのような詩があることを知っていたのかどうかは知らない。林光が曲をつけている。いつか児童館でも子どもたちと歌ってみたい。
子どもたちは今 №1
前回紹介した連想言葉遊びの前々日。やはり室内遊びの一こま。指導員の「夢の児童館の絵を描いてみて」の一声に早速、数名の子が反応。
それぞれの紙に描かれていたものは、自動販売機(ぜんぶ1円)、テレビ、泥棒よけの電気が通るカーテン、ベッド、床の下の秘密基地、自動で開く天井屋根、無料ゲーム機、冷蔵庫、流しとクッキングヒーター(お腹がすいたらおやつを自分で作れる)等々。
私がびっくりしたのは、最初に何を描いたかである。複数の子が、最初にベッドを描いたことである。子どもたちは、今、本当に疲れ果てているのだろう。遊園地のような児童館を描くと予想していたが、まさか「ベッド」から描くとは…。